ひやおろしは、一夏寝かせて角が取れたころに出す秋の酒です。やわらかい酒として紹介されることが多いと思います。
鳥取・山根酒造場の日置桜、純米ひやおろし「山装ふ(やまよそおう)」。この秋の一本の裏ラベルには、こう書いてあります。
日本酒度+14.5。酸度2.8。
数字だけ見れば、やわらかさとは正反対です。
なぜひやおろしでこの数字なのか。蔵まで遡って調べたら、この蔵がずっとやっていることに行き当たりました。
「山装ふ」のスペック

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 銘柄 | 日置桜 純米ひやおろし「山装ふ」 |
| 蔵元 | (有)山根酒造場(鳥取市青谷町) |
| 原料米 | 山田錦24%/玉栄76% |
| 生産者 | 数馬豊 |
| 精米歩合 | 70% |
| 日本酒度 | +14.5 |
| 酸度 | 2.8 |
| 使用酵母 | 協会7号 |
| アルコール | 15度 |
| 造り | 無濾過加水調整生詰め・要冷蔵 |
※無濾過=ろ過をしていない。加水調整=水を加えて、アルコール度数と香味のバランスを整えている。生詰め=貯蔵の前に一度だけ火入れし、瓶詰めのときは火入れしない。ひやおろしはこの生詰めが基本です。
名前の由来は裏ラベルに書かれています。熟した味わいが紅葉に色づく山々のようで、俳句の秋の季語から引用した、と。
この数字は、何を言っているのか
日本酒度と酸度が何を表すのか、月桂冠の解説がわかりやすいです。日本酒度は、
甘辛を知るための目安となる数値で、水の比重をゼロ(±0)としたとき、酒の比重はいくらであるかを数値化したものです。
糖分などのエキス分(水以外に溶けている成分)が多いほどマイナスに、少ないほどプラスに傾きます。+14.5は、糖を中心としたエキス分がかなり少ない、ということです。
酸度のほうは「酒の味に酸味や旨味をもたらす有機酸(乳酸、コハク酸、リンゴ酸など)の量を相対的にあらわす数値」。そしてこう続きます。
日本酒度が同じ酒で比べると、酸度が高いと甘味が打ち消され辛くて濃く、逆に酸度が低いと甘くて淡麗に感じます
+14.5に酸度2.8。数字の上では、かなり辛くて濃い酒ということになります。
平均と、どれくらい離れているのか
国税庁が毎年出している「全国市販酒類調査結果」に、市販されている酒の平均値が載っています。令和5年度の純米酒はこうでした。
| 市販の純米酒の平均 | 「山装ふ」 | |
|---|---|---|
| 日本酒度 | +2.8 | +14.5 |
| 酸度 | 1.46 | 2.8 |
どちらも、平均からだいぶ離れたところにいます。
ちなみに、旨味に関わるアミノ酸度はこのラベルには書かれていません。日本酒度と酸度からわかるのは、糖がどれだけ残っているかと、酸がどれだけあるかまでです。
山根酒造場は、農業の延長線上にある
なぜこの数字になるのか。蔵のことを調べていくと、思い当たるものがありました。
明治20年(1887年)創業。鳥取市青谷町にある蔵です。
「日置桜」という名前は、蔵のある日置の谷の桜に由来します。鳥取県の紹介ページによると、雪深い谷で旧正月の頃に満開になる桜の名木にちなんだ名前だそうです。
春を待つ心で酒を酌み交わす、という意味が込められています。
蔵元への取材記事には、もうひとつの意味が出てきます。
日置には「日を置くほど佳(よ)くなる酒であるべし」という信念も込められている
日を置くほど佳くなる酒。 一夏寝かせて出すひやおろしは、この蔵にとって名前どおりの酒ということになります。
造りの考え方は、公式サイトにはっきり書かれています。
優れた米だからといってよい酒ができるとは限りませんが、優れた米でなければよい酒はできません。酒は米のポテンシャルを超えられない。
米が先で、造りは後。だから蔵は、自分たちの仕事をこう位置づけています。
日置桜の酒造りは、常に農業の延長線上にあります。
ラベルに、米を作った人の名前が載っている
今回の裏ラベル、原料米の隣に「生産者 数馬豊」とあります。
この蔵は、米の生産者をすべてラベルに記載しています。 蔵元への取材記事によると、現在は8軒の契約農家から酒米を仕入れているそうです。
酒米は、鳥取でしか栽培されない強力(ごうりき)、山田錦、そして鳥取でよく使われる玉栄(たまさかえ)が中心。今回の「山装ふ」は玉栄が76%です。
強力は背が高くて倒れやすく、昭和30年にいったん栽培が途絶えた米でした。昭和61年に鳥取大学で見つかった一握りの種から、平成元年に醸造が復活しています。
鳥取県は、いま9蔵が強力を使って酒を造っているとしています。山根酒造場も、強力の酒を何種類か出している蔵です。
玉栄という米が、ひやおろしに効く
数字の話に効いてくるのは、玉栄のほうです。
1954年に愛知県農業試験場で交配が始まり、1965年に命名された米。血筋をたどると雄町に行き着きます。滋賀と鳥取でよく栽培されていて、収穫の適期を見極めるのが難しい米だそうです。
味わいについて、日本酒の専門メディア「SAKE Street」の解説にこうありました。
玉栄を使ったお酒はキレのよい酒質になりやすく、さらに独特なコクのある風味が熟成に向くと考えられている
ひやおろしは、冬に搾って春に火入れした酒を、一夏寝かせて秋に出す酒です。 熟成に向く米を、寝かせてから出す。玉栄76%という配合は、そこに合わせたものに見えます。
ひやおろしという酒そのものについては、ひやおろしとは|冷酒好きは9月がおすすめに書いています。奈良の酒が中心ですが、出荷月の読み方は同じです。
数字の答えは、糖を食い切らせる造りだった
ここで腑に落ちました。鳥取県の公式サイトが、この蔵の造りをこう説明しています。
米のうま味を引き出すことを最優先として、造りとしては米に由来する甘み以外の糖分は酵母に食い切らせる完全発酵を基本としています。
蔵が最優先にしているのは、辛さではなく米のうま味です。糖を残さないところまで発酵させた結果として、数字がそこに出る。順番が逆なんです。
日本酒度が映すのは糖分などのエキス分の量で、旨味そのものを測る数値ではありません。糖を食い切らせても、米の旨味は残せる。この蔵はそちらを最優先にしています。
冷酒で飲んでみた

裏ラベルに「要冷蔵」とあるので、冷やしたまま飲みました。
まず、米の香りが素直に立ちます。
口に入れると、思っていたのと違いました。まろやかで、ピリつく感じがない。+14.5という数字から身構えていたぶん、拍子抜けするくらいでした。
旨みはしっかりあります。 飲み込むと、口から鼻にすっと抜けていくタイプ。
そして後口がさらっとしています。旨みが濃いのにベタつかない。完全発酵で糖を残していない、というのはこういうことかと思いました。
合わせたのは、焼いたししとう
ししとうを焼いて、鰹節と醤油をかけたもの。
酒の旨みが強いので、肴のほうも出汁や醤油の効いたものが合います。ししとうのほろ苦さと焼いた香ばしさが、酒の米の香りとぶつかりません。
秋の肴なら、きのこのバター醤油や、さんまの塩焼きもよさそうです。
通年で飲める日置桜
この蔵の定番は「純米酒」です。米は玉栄、精米歩合70%。今回のひやおろしは山田錦を24%混ぜていますが、主軸の米と磨き方は同じです。
取扱店である住吉酒販の商品解説に、こうありました。
米の旨みを引き出すことを最優先した日置桜のスタンダート酒。完全発酵酒醪により日本酒度は+10以上と一般的には大辛口と言われる数値ですが、安心感のある米の甘みも有します
公式サイトに載っている定番6種の数字を並べると、こうなります。
| 商品 | 米 | 精米歩合 | 日本酒度 |
|---|---|---|---|
| 純米酒 | 玉栄 | 70% | +13.0 |
| 特醸純米酒 | 雄町 | 60% | +9.5 |
| 伝承強力(純米吟醸) | 強力 | 60% | +9.9 |
| 俯瞰強力 | 強力 | 70% | +10.0 |
| 強力米(純米大吟醸) | 強力 | 45% | +8.8 |
| しずく(純米大吟醸) | 山田錦 | 45% | +10.5 |
大吟醸でも+8.8。 よく磨いた酒まで、ぜんぶプラスの二桁近くに並んでいます。
この蔵は平成14年から生酛(きもと)造りにも取り組んでいます。生酛は、乳酸を加えずに酒母(酒のもと)を育てる昔ながらの造りです。
蔵は酒母を混ぜ合わせる「山おろし」を行い、天然の乳酸を育てているそうです。その生酛の「玉栄」は、公式サイトの表示で+15.0。今回の一本より上です。
定番が+8.8〜+13.0、生酛に+15.0。今回の+14.5は、定番のどれよりも高く、いちばん辛口の生酛に並ぶ位置にあります。
それでも突出して見えないのは、この蔵が普段からこの水準まで発酵させているからです。
その希少な強力を使ったものは、こちら。
日置桜の四季、「山装ふ」は秋の一本
この蔵には、俳句の季語を名前にした季節の酒が4本あります。
| 商品 | 季節 | 造り |
|---|---|---|
| 山笑ふ | 春 | 熟成酒のブレンド。燗向き |
| 山滴る | 夏 | 特別純米の生酒 |
| 山装ふ | 秋 | ひやおろし |
| 山眠る | 冬 | 新酒しぼりたて生原酒 |
春の「山笑ふ」だけは数年に一度の限定です。ほかの3本はその季節に出ます。
冬の「山眠る」の説明にも、こうありました。
発酵性糖分は、ほぼ酵母に喰いきらせており、米に由来する甘味以外はありません
季節が変わっても、造りの考え方は同じようです。
どこで買えるか
私は鳥取市の酒屋で買いました。720mlのほうです。
蔵の公式サイトでは、「山装ふ」は720mlで1,804円、1800mlで3,520円と案内されています。
同じ「山装ふ」でも、中身が違うことがある
公式サイトに載っている「山装ふ」と、今回手にした一本は、スペックが違いました。
| 蔵の公式サイト | 今回の一本(2026年9月) | |
|---|---|---|
| 表記 | 特別純米ひやおろし | 純米ひやおろし |
| 原料米 | 山田錦 | 山田錦24%/玉栄76% |
| 精米歩合 | 70% | 70% |
| 日本酒度 | +12.2 | +14.5 |
| アルコール | 15.5度 | 15度 |
ひやおろしは、その年に搾った酒を寝かせて出す酒です。どちらが正しいという話ではなく、年やロットで中身が変わるということだと思います。
数字はラベルで確かめるのが確実で、裏ラベルの製造年月が出荷の目安になります。今回のものは製造年月が2026年9月、酒造年度はR7BY(令和7酒造年度)でした。
季節が過ぎると店頭からは消えます。そのときは蔵ごと探すほうが早いです。
よくある質問
Q. 日本酒度+14.5は、どれくらい辛いですか?
日本酒度は糖分などのエキス分の量を表す数値で、少ないほどプラスに傾きます。ただ、辛さの感じ方は酸度や旨味との兼ね合いで変わります。この酒については、数字ほど尖っては感じませんでした。
Q. 燗はつけられますか?
私は試していません。要冷蔵の生詰めなので、まずは冷やして飲む前提の酒だと思います。ただ蔵元は取材記事のなかで、温度について「皆さん、いろいろ遊んでください」と話しています。
Q. 「山装ふ」はいつ買えますか?
蔵が秋季限定としている酒です。裏ラベルの製造年月が出荷の目安になります。季節を外すと、店頭では見つかりません。
Q. 日置桜のほかのお酒も辛口ですか?
はい。定番も生酛も、糖を酵母に食い切らせる完全発酵が基本です。数字の一覧は本文の「通年で飲める日置桜」に載せています。
まとめ
日置桜「山装ふ」は、日本酒度+14.5、酸度2.8。数字だけ見れば身構える一本です。
ただ飲んでみると、まろやかで、ピリつくところがありませんでした。
この数字は、辛さを目指した結果というより、糖を食い切らせた造りの結果でした。 蔵はずっとそうやって酒を造っています。
裏ラベルの「+14.5」を見て棚に戻すのは、もったいないと思います。
秋の酒を、もう少し
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