9月に入ると、酒屋の棚に「ひやおろし」の札が並びはじめます。
ひやおろしを紹介する記事は、たいてい「熟成して旨みが乗っているから燗がおすすめ」と書いてあります。私は毎年買っていますが、たいてい冷やしたまま飲んでいます。
ただ、燗をすすめる話には前提があります。ひやおろしは出荷される月で3つに呼び分けられていて、勧められる温度も月ごとに違います。9月に出るものは、冷酒か常温で紹介されています。
つまり冷酒で飲むなら、9月に出るものが向いています。10月、11月と進むほど、一般には燗向きとされます。
この記事では、ひやおろしの読み解き方と、奈良の蔵が出す秋の酒を5本まとめます。
ひやおろしの早見表
| どんな酒か | 冬から春先に搾った酒を貯蔵前に1回だけ火入れし、秋に火入れせず出荷したもの |
| 名前の由来 | 「ひや」のまま「おろす(出荷する)」から |
| 秋あがりとの違い | 業界で統一されていない。ほぼ同じ意味で使われる |
| 9月に出るもの | 夏越し酒。冷酒・常温で紹介される |
| 10月に出るもの | 秋出し一番酒。人肌燗(35度前後) |
| 11月に出るもの | 晩秋旨酒。ぬる燗〜熱燗 |
| どれか見分ける | ラベル裏の製造年月(=瓶詰めした日)。おおよその蔵出し時期がわかる |
| この記事で挙げる5本 | 春鹿/みむろ杉/篠峯/花巴/嬉長。奈良の蔵は26以上あり、秋酒を出す蔵はほかにもあります |
| 合う肴 | 秋刀魚、きのこ、戻り鰹、燻製もの |
| 保存 | 生詰め・生酒のものは要冷蔵 |
ひやおろしとは、どういう酒か
日本酒はふつう、貯蔵の前と出荷の前に1回ずつ、あわせて2回の火入れ(加熱殺菌)をします。
ひやおろしは、このうち出荷前の1回をやらない酒です。冬から春先に搾って1回だけ火入れし、そのままひと夏寝かせて、秋に火入れせず瓶詰めして出す。
名前もそこから来ています。火入れをしない状態を「ひや」と呼び、それを「おろす」=出荷するから、ひやおろし。
私がひやおろしに持っている印象は、味が濃い、というものです。一般的な説明は「ひと夏の貯蔵で角が取れて旨みが乗る」で、まろやかさのほうを前に出します。濃いとまろやかは、同じ変化を別の側から言っているのだと思います。
火入れや精米歩合そのものについては、日本酒の種類(純米・吟醸・大吟醸の違い)にまとめています。
「秋あがり」とは何が違うのか
ほぼ同じ意味で使われています。
秋あがりは本来「夏を越して味が良い方向に乗ること」を指す言葉で、ひやおろしは「出荷の方法」を指す言葉です。厳密には別の話なのですが、実際の商品名では区別されていません。奈良の蔵でも、ひやおろしと名乗る蔵と、秋あがりと名乗る蔵が両方あります。
出荷月で、呼び名も飲み方も変わる
ひやおろしは出荷される月によって3つに呼び分けられています。日本名門酒会が広めたとされる区分で、蔵元や酒販店の解説でも紹介されています。
| 出荷 | 呼び名 | 説明されている味わい | 勧められる飲み方 |
|---|---|---|---|
| 9月 | 夏越し酒(なごしざけ) | 熟成のまろやかさがありつつ、夏酒に近い軽快さが残る | 冷酒・常温 |
| 10月 | 秋出し一番酒 | さらに熟成が進み、まろやかで芳醇 | 人肌燗(35度前後) |
| 11月 | 晩秋旨酒 | 熟れ切った豊かな味わい | ぬる燗(40度前後)〜熱燗(50度前後) |
同じ「ひやおろし」でも、9月に出たものと11月に出たものでは、寝ている期間が2ヶ月違います。飲み方の推奨が変わるのは、そのためです。
区分はあくまで目安です。8月末に出るものもあれば、秋のあいだ出し続けるものもあります。その場合は、出たてほど軽いと考えて大丈夫だと思います。
冷酒で飲むなら、9月に出るもの
9月に出る夏越し酒は、冷酒・常温で紹介されている区分です。
10月・11月のものを冷酒で飲んでも問題はありません。熟成が進んだものほど燗で開くと説明されていますが、それは蔵のすすめ方です。冷やして飲んだほうが好みなら、そちらで飲めばいいと思います。
私は季節を問わず冷酒が多く、燗をつける機会はあまりありません。温度で味が変わるのは事実だと思っていますが、手が伸びるのは冷えたお酒のほうで、買うのも9月のものです。
燗をつける気になったら、日本酒は温度で化けるに温度帯ごとの変化をまとめています。
ひやおろしの出荷月は、裏ラベルの製造年月でわかる
ラベルに「夏越し酒」と書いてある商品ばかりではありません。判断の材料になるのは裏ラベルの「製造年月」です。
製造年月は瓶詰めした日を指します。2023年1月から表示は任意になりましたが、実際にはほとんどの商品に入っています。
ひやおろしは秋に瓶詰めして出すので、この日付がおおよその蔵出しの時期になります。9月なら夏越し酒、10月なら秋出し一番酒、11月なら晩秋旨酒。瓶詰めから店に並ぶまでに数週間ずれることはあるので、目安として見てください。
表のラベルには書いていないので、瓶を持ち上げて裏か肩のあたりを見ることになります。
ラベルのほかの項目は、日本酒のラベルの読み方にまとめています。
奈良の秋酒5本
奈良県酒造組合に加盟する蔵だけで26あり、組合に入っていない蔵もあります。多くが秋の酒を出している中から、私がその蔵の酒を飲んできた5つを選びました。
①春鹿 純米吟醸 ひやおろし(今西清兵衛商店・奈良市)
毎年9月上旬ごろ出荷。区分でいえば夏越し酒なので、冷やしたままでも美味しいです。
奈良市の中心部、ならまちに蔵を構える今西清兵衛商店の秋酒です。生詰酒として出ます。
春鹿は通年の「超辛口」と、その生原酒などを飲んできました。名前のとおりキレる酒で、生原酒のほうは風味が立ちつつキレはしっかり、という飲み口でした。辛口で知られる蔵が秋に何を出すか、という一本です。
通年の超辛口については奈良の地酒おすすめ5選で書いています。ならまちに直売所があるので、奈良観光のついでに寄って、その場で選ぶこともできます。
②みむろ杉 純米吟醸 雄町 ひやおろし(今西酒造・桜井市三輪)
ひやおろしとしては低めの13度。冷やして食事と合わせられます。
酒の神を祀る大神神社の門前町、三輪の蔵です。日本酒は一般に15〜16度なので、13度は低めの設計です。使う米は雄町、精米歩合60%。
正規販売店の解説では、滑らかな口当たりから広がる強い旨味と柔らかな甘さ、雄町らしいコクと軽快な酸、と説明されています。
同じ蔵の夏限定「夏純」は、酸が心地よくて食事とよく合うお酒でした。その酸の延長に旨みを乗せたのが秋のもの、という位置づけに見えます。
三輪という土地の背景は、奈良は日本酒発祥の地に書いています。
③篠峯 ろくまる 雄町 秋あがり(千代酒造・御所市)
8月下旬の蔵出し。3区分より早く出るぶん、出たての軽さが残っています。
この蔵は「ひやおろし」ではなく秋あがりと名乗ります。呼び方が分かれる、と書いたその実例です。
赤磐雄町を使い、精米歩合60%。同じ蔵から山廃仕込みの「秋色生酒」も並びます。
篠峯は通年の「純米 超辛口 竹山」などを飲んでいて、春鹿の超辛口と比べると骨格がしっかりしている印象です。冷やしてシャープに飲んでも、燗をつけても崩れないお酒です。
④花巴 あきあがり 夏越生酒(美吉野醸造・吉野町)
火入れをしない秋酒。生酒なので、そもそも冷やして飲むものです。
吉野の美吉野醸造は、少し違うことをしています。
ひやおろしは1回火入れしてから寝かせるのが基本ですが、この蔵は生酒のまま低温でひと夏越させます。蔵元の説明では、鮮烈だった酸の角が取れ、透明感はそのままに口当たりがリッチで滑らかになる、とのことです。
商品名の「夏越」は造りを指す言葉で、9月区分の「夏越し酒」とは別のものです。名前が似ているので、ラベルだけでは見分けにくいかもしれません。
花巴は通年のものを飲んだことがあります。乳酸発酵に由来する酸を前に出す蔵として知られていて、その酸が夏を越して落ち着いたものが、この一本です。
⑤嬉長 純米 ひやおろし(上田酒造・生駒市)
出荷の時期は公表されていません。製造年月で確かめる一本。
嬉長は夏限定のものを飲んでいます。発酵を思わせる独特の風味があって、私には少しクセが強く感じられました。好みははっきり分かれるかもしれません。
秋酒は精米歩合70%、アルコール15度の純米。よく磨くほうではなく、米の味を残す方向の造りです。
出荷の時期を公表していないので、手に取ったら製造年月を見てください。9月のものなら冷やしたまま、以降のものなら燗も、と決められます。
蔵があるのは生駒市。奈良県の北西部で、大阪府との境にある町です。奈良の地酒のなかでは名前が挙がる機会が少ないほうですが、400年以上続く蔵です。
風の森に、ひやおろしがない理由
奈良の地酒でおすすめしている風の森ですが、この蔵から秋の火入れ酒はほとんど出ません。
理由は造りにあります。風の森はしぼったあと加水も濾過も加熱殺菌もしない方針で、商品の約9割が生酒です。火入れを前提にしたひやおろしとは、そもそも向いている方向が違います。
代わりに、同じ油長酒造には菩提酛を代表銘柄とする「鷹長」があり、こちらは火入れの商品も出ています。
秋に風の森を買うなら、ひやおろしを探すのではなく、そのとき出ているものから選ぶことになります。
風の森そのものの選び方は、「657」の数字と、米で変わる味わいにまとめました。
ひやおろしに合わせたい肴
熟成で旨みが乗っているぶん、肴も夏より重いほうが釣り合います。
私がよく合わせているのは燻製ものです。スモークチーズ、燻製の卵、燻製ナッツ。ひやおろしくらい厚みがあると、風味も負けずによく合います。スモークチーズは買い置きもしやすいのでおすすめですし、自家製で作るのも面白いです。
秋の食材なら、定番は秋刀魚。最近は値段が高い年もありますが、塩焼きの皮目の苦みと脂に、寝かせた酒の厚みが噛み合います。焼き椎茸に醤油を垂らしただけのものも、醤油と椎茸の匂いと酒の匂いが合っておすすめです。戻り鰹も脂が乗っているのでお酒が進みます。
組み合わせの考え方は、日本酒に合うおつまみにタイプ別でまとめています。
よくある質問
Q. ひやおろしと秋あがりは違うものですか?
商品としてはほぼ同じものです。秋あがりは「夏を越して味が乗ること」、ひやおろしは「火入れせずに秋に出荷すること」を指す言葉ですが、実際の商品名では区別されていません。奈良の蔵でも呼び方は分かれています。
Q. ひやおろしはいつから買えますか?
早いものは8月下旬に蔵出しされます。9月・10月・11月と出荷が続き、月によって呼び名と勧められる飲み方が変わります。秋のあいだ出し続ける銘柄もあります。
Q. 買った一本が9月・10月・11月のどれかは、どうやってわかりますか?
ラベル裏の「製造年月」を見てください。瓶詰めした日を指します。9月と書いてあれば夏越し酒、10月なら秋出し一番酒、11月なら晩秋旨酒がおおよその目安です。2023年1月から表示は任意になったので、入っていない商品もあります。
Q. 冷酒で飲んでもいいですか?
大丈夫です。特に9月に出る「夏越し酒」は、冷酒・常温で紹介されている区分です。10月・11月のものは燗をすすめられることが多いのですが、冷やして飲んで悪いわけではありません。すすめられている温度と、おいしいと感じる温度は別のものなので、最後は好みの問題です。
Q. 冷蔵庫に入れないとだめですか?
生詰め・生酒のものは要冷蔵です。ひやおろしは出荷前の火入れをしていないものが多いので、基本は冷蔵と考えてください。
Q. 開栓したらどれくらいで飲みきればいいですか?
生詰め・生酒は火入れした酒より変化が早いので、冷蔵で早めに飲みきるほうが安心です。目安や瓶の置き方は日本酒の保存方法にまとめています。
どこで買うか
奈良の秋酒は、地酒専門店か、蔵元の直販・特約店の通販が中心です。みむろ杉と篠峯は特約店流通なので、スーパーやコンビニではまず見かけません。
季節限定品は年度で中身も値段も動くので、価格は商品ページで確認してください。
生詰め・生酒のものは買ったら冷蔵庫へ。通販ならクール便になります。
まとめ
ひやおろしで迷ったら、出荷月を見てください。
9月なら夏越し酒で冷酒・常温、10月なら秋出し一番酒で人肌燗、11月なら晩秋旨酒でぬる燗から熱燗。ラベルにその言葉が書いていなくても、裏の製造年月を見れば、いつ瓶詰めされたものかがおおよそわかります。
冷酒で飲むなら、9月に出るものがいちばん向いています。燗の話は、燗をつけるときの話です。
この記事で挙げたのは春鹿・みむろ杉・篠峯・花巴・嬉長ですが、奈良の秋酒はこの5本に限りません。酒屋で知らない名前を見つけたら、そちらを買うほうが面白いと思います。
この5本のうち、9月上旬出荷とはっきりしているのは春鹿 純米吟醸 ひやおろしです。
秋の限定酒は入れ替わりが早いので、見かけたときが買うときです。
奈良の地酒を、もう少し
- 奈良の地酒おすすめ5選 — 通年の定番を5蔵から
- 風の森の選び方 — 「657」の数字と、米で変わる味わい
- 日本酒は温度で化ける — 10月・11月のものを買ったら
- 日本酒に合うおつまみ — 肴のタイプ別

コメント