奈良は日本酒(清酒)発祥の地|正暦寺の菩提酛、南都諸白、大神神社の杉玉

奈良は日本酒発祥の地|正暦寺・菩提酛・大神神社、ふるさとを訪ねて

日本酒のふるさとはどこか。その答えのひとつが、奈良です。

奈良市の山あいにある正暦寺(しょうりゃくじ)は、「日本清酒発祥の地」とされる寺です。室町時代、この寺の僧が造った酒の技法が、今の澄んだ日本酒の土台になったと伝わっています。

なお、「日本酒発祥の地」は、出雲国風土記に神々が酒を造った話が残る島根県の出雲もそういわれます。奈良の正暦寺は、透き通った「清酒」の発祥の地です。

目次

奈良の酒の歴史 早見表

項目 内容
正暦寺 992年創建。「日本清酒発祥の地」とされる
菩提酛(ぼだいもと) 室町時代に正暦寺で考案されたと伝わる酒母。1996年から復活の取り組み
菩提酛清酒祭 毎年1月、正暦寺で酒母を仕込む。2027年は1月9日
南都諸白(なんともろはく) 戦国時代後半に名を上げた、奈良の上等な酒
大神神社 酒の神をまつる神社。毎年11月14日に酒まつり
奈良の酒蔵 奈良県酒造組合の加盟は27蔵(2026年10月)

清酒発祥の地とされる、正暦寺

正暦寺は、992年(正暦3年)に、一条天皇の勅命を受けて兼俊僧正が開いた寺です。最盛期には120もの坊(僧の住まい)を抱えていました。

本来、寺での酒造りは禁じられていましたが、鎮守にそなえる酒は、寺の荘園の米で造られていました。こうした寺の酒を「僧坊酒(そうぼうしゅ)」と呼び、16世紀に最も盛んになります。奈良では、興福寺の塔頭や正暦寺、中川寺の酒が知られていました。

正暦寺で確立したと伝わる酒造りの技術は、次の4つです。

技術 どんな技術か
菩提酛造り 乳酸で酸っぱくした水を使って、酒母(酵母を増やしたもの)を育てる
諸白造り 麹にする米も、もろみに加える米も、白米を使う
三段仕込み もろみを3回に分けて仕込む
火入れ できた酒を温めて、傷みにくくする

根拠になっているのは、室町時代の『御酒之日記(ごしゅのにっき)』や、江戸時代初期の『童蒙酒造記(どうもうしゅぞうき)』などの文献です。正暦寺の酒が売られていたことは、1441年ごろの記録にも出てきます。

境内には「日本清酒発祥之地」と刻まれた碑が建っています。

正暦寺を訪ねるなら

項目 内容
場所 奈良市菩提山町157
拝観 9時〜16時(11月3日〜12月第1日曜日は17時まで)、12月30・31日休み
拝観料 大人500円、小学生200円(特別拝観中は大人800円、小学生300円)
車 天理ICから約15分。国道169号の窪之庄南交差点から山側へ約4km
駐車場 約70台、無料(11月初旬〜12月初旬は山内整備料500円)

正暦寺は、3000本を超える楓の紅葉でも知られます。2026年の秋の特別公開は11月3日〜12月6日です。秘仏の薬師如来倚像は、11月12日までは福寿院で、13日からは本堂で公開されます。路線バスは2015年に廃止されました。紅葉の時期だけ、JR奈良駅・近鉄奈良駅から臨時バスが出ます(2026年は11月14日〜29日)。

今の日本酒の土台になった、菩提酛

日本酒を造るには、まず「酒母(しゅぼ)」を作ります。酵母をたくさん増やしたもので、ここに雑菌が入ると酒が傷みます。雑菌を抑えるカギが、乳酸です。

菩提酛では、生米を水に浸けて、乳酸で酸っぱくした「そやし水」を作ります。酸性の中では雑菌が増えにくいので、この水で仕込むと酵母が育ちやすくなります。乳酸を自然に作るので、乳酸を加える今の主流の造り方(速醸酛)とは、手間のかけ方が違います。

菩提酛は、夏でも酒を造れた技法とされ、日本最古の酒母ともいわれます。今の生酛系の酒母の原形とも位置づけられています。

1996年から、奈良で復活

菩提酛は一度途絶えました。1996年、奈良県内の酒蔵の有志と正暦寺、奈良県工業技術センターが「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」を立ち上げ、復活に取り組みます。1998年には正暦寺の境内の岩清水から乳酸菌が見つかり、同じ年に寺が酒母の製造免許を取っています。

今は毎年1月の「菩提酛清酒祭」で、正暦寺で酒母を仕込み、研究会の蔵がそれを持ち帰って酒にします。2027年の菩提酛清酒祭は1月9日です。

研究会に入っている7蔵は、次のとおりです。

蔵 銘柄 所在地
今西酒造 三諸杉(みむろ杉) 桜井市
上田酒造 嬉長 生駒市
北岡本店 やたがらす 吉野郡
葛城酒造 百楽門 御所市
倉本酒造 つげのひむろ 奈良市
菊司醸造 菊司 生駒市
油長酒造 鷹長(風の森の蔵) 御所市

たとえば、風の森の油長酒造は「鷹長 菩提酛 純米酒」、今西酒造は「みむろ杉 木桶菩提酛」を出しています。

戦国時代に名を上げた、南都諸白

「南都」は奈良の古い呼び名で、「諸白」は麹米も掛米も白米で造る酒のことです。この奈良の諸白が、戦国時代の後半に「南都諸白」と呼ばれ、名声を得ました。

「諸白」という言葉は、1576年(天正4年)以降の『多聞院日記』にたびたび出てきます。興福寺の塔頭・多聞院の僧がつけた日記で、1569年には、火入れをしたとみられる記録もあります。南都諸白は高く評価され、寺の酒から奈良の造り酒屋へ広まりました。奈良の酒は、江戸でも珍重されたと伝わります。

江戸時代の酒造りの技術書『童蒙酒造記』には、「奈良流は酒造り諸流の根源なり」と書かれています。その後、酒造りの中心は伊丹・池田(兵庫・大阪)へ、18世紀後半からは灘へと移っていきました。

酒の神をまつる、大神神社

大神神社の社号標と鳥居
大神神社の鳥居。ここから拝殿へ参道が続く

奈良県桜井市の大神神社(おおみわじんじゃ)は、酒造りの神として全国の酒造家から信仰を集める神社です。『日本書紀』には、高橋活日命が、祭神・大物主大神の助けで造った神酒を崇神天皇に献じた話があります。高橋活日命は杜氏の祖先神として、境内の活日神社(いくひじんじゃ)にまつられています。

酒蔵の軒先に吊るす杉玉は、大神神社が杉を神木とすることにちなむといわれます。青い杉玉が茶色く変わっていく様子は、新酒が熟成していく目安とも言われます。

私も大神神社には参拝したことがあります。境内は広く、いくつもの社が点在していて、ぐるりと巡るだけでも気持ちのいい場所でした。

狭井神社の薬井戸のご神水
狭井神社の「薬井戸」。万病に効くと伝わるご神水が湧く

摂社の狭井神社(さいじんじゃ)には、万病に効くという薬水が湧く「薬井戸(くすりいど)」があり、ご神水を汲みに来る人があとを絶ちません。

ご神水が湧く摂社・狭井神社の鳥居
ご神水が湧く摂社・狭井神社

毎年11月14日には、全国の酒造家が集まる「酒まつり」が開かれ、前日に拝殿の大杉玉が新しいものに掛け替えられます。日程や行き方は「大神神社の酒まつり2026」にまとめました。

三輪は、そうめんの産地でもあります。毎年2月5日には、大神神社でその年のそうめんの値段を占う卜定祭(ぼくじょうさい)が開かれます。

古い記録をもとにした、今の奈良の酒

奈良の蔵には、古い記録に残る酒造りを参考にした酒もあります。風の森の油長酒造が造る「水端(みづはな)」は、その代表です。

水端 参考にした文献
1355 『御酒之日記』(正暦寺の技法)
1568 『多聞院日記』(興福寺多聞院の技法)
1569 『多聞院日記』
711 長屋王邸宅跡から出土した木簡
三輪・今西酒造の「みむろ杉」純米吟醸 山田錦
三輪の今西酒造の「みむろ杉」純米吟醸 山田錦

風の森は、私がいちばん好きな日本酒です。蔵のある御所にも行ったことがあります。風の森の選び方は「風の森の選び方」に、奈良の蔵のおすすめは「奈良の地酒おすすめ5選」にまとめています。

奈良で酒のゆかりの地を巡るなら

正暦寺は奈良市の南東の山あい、大神神社は桜井市の三輪にあります。どちらも国道169号の近くなので、車なら1日で両方を回れます。

  • 秋(11月):正暦寺の紅葉と特別公開、11月14日の大神神社の酒まつり
  • 冬(1月):正暦寺の菩提酛清酒祭(2027年は1月9日)
  • 冬(2月):2月5日の大神神社の卜定祭

よくある質問

日本酒発祥の地は、奈良ですか?

奈良の正暦寺は「日本清酒発祥の地」とされています。今の澄んだ日本酒につながる技術が、室町時代の正暦寺で確立したと伝わるからです。一方、酒そのものの発祥の地としては、島根県の出雲も名乗っています。

菩提酛のお酒は、今でも飲めますか?

飲めます。奈良県菩提酛による清酒製造研究会の7蔵が、毎年1月に正暦寺で仕込んだ酒母から菩提酛の酒を造っています。風の森の油長酒造の「鷹長 菩提酛 純米酒」や、今西酒造の「みむろ杉 木桶菩提酛」などがあります。

正暦寺の紅葉は、いつ見に行けばいいですか?

紅葉は11月上旬から12月上旬にかけてで、3000本を超える楓が順に色づきます。2026年の秋の特別公開は11月3日〜12月6日です。秘仏は11月12日までは福寿院で、13日からは本堂で公開されます。

まとめ

  • 奈良の正暦寺は「日本清酒発祥の地」とされる。菩提酛、諸白、三段仕込み、火入れの技術が確立したと伝わる
  • 菩提酛は乳酸で雑菌を抑える酒母。1996年から復活の取り組みが続き、今は7蔵が菩提酛の酒を造る
  • 南都諸白は戦国時代後半に名を上げた奈良の酒。酒造りの中心はのちに伊丹・池田、灘へ移った
  • 大神神社は酒の神をまつる神社。杉玉は大神神社の神木の杉にちなむといわれる
  • 秋は正暦寺の紅葉と11月14日の酒まつり、冬は1月の菩提酛清酒祭

奈良の酒を一杯飲むとき、その奥に室町時代から続く技術があると思うと、少し味わいが変わります。

奈良の酒を、もう少し

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